親民社

【書評】保守主義者たるとは  

第二部

上記の社会主義に関する議論を引き継ぐように、第5章「資本主義の本質」において、教授はオーストリア学派の代表者であるハイエクの理論を検討するところから始める。そこで教授はまず、ハイエクの理論が「市場は全能である」などということを述べている、という主張に反駁する。教授によれば、ハイエクが主張したのは、市場が社会的協働に必要な手段を提供する能力を有するということに過ぎない。そしてその上で、全てを市場に委ねるべきであるという立場はナイーヴであるとしてその規制の必要性を認めた上で、しかしながらその規制は新たな政府によるものではなく、伝統的な英国の慣習法、すなわちコモン・ローによって行われるべきである、と説く。
上記の主張を行った上で次に教授は、特に米国において見られるような、極端なリバタリアニズムによる市場の全面的支持に疑問を呈する。
そこでは、グローバリゼーションの進展以降、欧米において発展した巨大なショッピングモールが例として挙げられる。教授は、それらのショッピングモールの展開は副作用として供給網整備のために環境及び景観の破壊をもたらし、また中小の商店を次々と閉鎖に追い込んだ元凶として非難する。そして、これらの巨大なショッピングモールの展開が市場経済に全面的に依存したグローバル資本主義によるものである事実を鑑みるに、果たして市場に何ら規制をかけない態度が社会保守主義的観点からみて支持しうるのか、と述べる。
上記の教授の主張は、いくつか興味深い点を持つ。第一に言えるのは、繰り返しになるが改めて教授が極めて伝統的な英国の古典的主義者である、ということである。すなわち、その立場というのは「下から」の、自発的な法体系の発展こそが自由で調和のとれた(「平等な」ではない)社会を維持するために必要不可欠なものであり、政府からの「上からの」法規制等は自由を侵害する悪しきものである、という立場である。ここにおいて、アングロ・サクソンの保守主義的立場が社会主義とは全く相容れないことが理解できよう。
とはいえ、この立場には教授の社会主義批判に潜んでいたものに近い問題点があることは指摘されなければならないのも事実である。というのも、資本主義が十分に発達していなかった18世紀ならばともかく、20世紀以降の地球規模に膨張した資本主義を慣習法のみで縛るのは、あまり効果の期待できない対策であることは明白だからである。さらにいえばそもそもこのような市場を慣習法で縛るという考え方自体、教授が擁護しているハイエクが説いているものなのである。しかし残念ながらこのような形で市場に縛りをかけることがほとんど効果のないものであったことは、教授曰くハイエクを「誤読」したサッチャー政権下で何が行われたかを見れば明らかだろう。
また指摘しておかなければならないのは、この「ショッピングモール批判」は、90年代において、当時は新聞社に勤めるジャーナリストであった現ボリス・ジョンソン英国首相が行なっていたものである、ということだ[2]。この事実は、現在の英国保守を考える上で示唆的な情報だろう。
ちなみに、我が国においてはこの「ショッピングモール問題」が先鋭化していったのは、2000年に森喜朗政権下で施行された「大規模小売店舗立地法」以降であろう[3]。この法制定以降我が国でも大型ショッピングセンターの展開と商店街の衰退が急速に進んだことは、周知の事実であると思われる。英国と異なるのは、このような結果をもたらす規制緩和を促進したのが「社民・革新・左翼リベラル」側の第三の道路線を掲げる労働党ではなく、「保守」の自民党であったということだ。

 

以上の経済システムに関する議論を行った上で、教授は所謂「左翼リベラリズム」の批判へと議論を以降させていく。
第6章「リベラリズムの本質」において、そもそも「リベラリズム」という政治用語が何を意味するのか、それの持つ意味がどのような歴史的変遷をなしてきたのか、という議論を行う。
教授はまず、伝統的(古典的)リベラリズムというものは「政治が成立しうる社会は、その個々の成員が自己の身の上に起こることに関して、自由に満足や不満を表明できる権利を有する時に存在する」と主張するものである、と述べる。
その上で、このリベラリズムは宗教的連帯よりも市民的連帯の上に成り立つ民主主義を支持するものであると論じ、それは英国においては宗教的差異のために妥協の精神を発揮することのできなかった清教徒革命に対する反省に端を発している、と指摘する。この議論を前提として、教授は「権利」概念は、そもそも「自由」概念と不可分である、と説く。
上記の教授の議論は、英国政治史を辿れば必然的に至る結論だろう。というのも、名誉革命において明確化された「自由」は、王権という名の国家権力からの自由を意味するものに他ならなかったからである。そして「権利」とは、国家権力から「自由」であることの「権利」を万人が有することを意味したものに他ならなかったからである。 以上の「権利」に関する議論を行った上で、教授は昨今の左翼リベラリズムによって唱えられている「人権」概念に対し、強い批判を展開する。曰く、マイノリティの「権利」を殊更に強調する「人権」概念は、古典的な「権利」概念を「自由から要求へ、機会の平等から結果の平等」へとその意味的内実を転換させてしまった、と嘆く。
そしてこの「権利」概念の転換は、国家権力の極端な肥大化とあらゆる個人的生活の官僚的政府機構への吸収を導いてしまった、と主張する。そして、この左翼的リベラリズムによって生み出された「人権」概念は、古典的リベラリズムにおいては平和的で妥協に基づく政治プロセスを生み出すために必要不可欠であった「権利」概念を、マジョリティ文化に対する暴力的な宣戦布告の手段へと転用してしまった、として厳しく批判する。
以上の教授の議論は、同じく国家の近代化にとって必要不可欠であったにも拘わらず、大きく異なる方向をとっていった英仏のそれぞれ「権利(rights)」(英)と「人権(droits humaines)」(仏)概念の間に横たわる溝を意識させざるを得なくするものであろう。前者はそもそも王権という名の国家権力から(主に貴族層の)「自由」を守るために発展したのに対し、後者は市民の「平等」を維持するために生み出され、必然的に国家権力の強大化を要請することとなった。
事実、現在においても成文憲法のない英国では明確に「身分の平等」を規定する法的文言は存在しない。このように、一貫して英国の古典的自由主義の立場に則って反フランス革命的な保守主義の立場を主張する教授の議論は、極めて重要な「人権」及び「平等」概念に潜む問題点とジレンマを暴き出している、といえよう。

 

次に第7章「多文化主義の本質」において、スクルートン教授はまず「政治的秩序を形成するには、政治的決定そのものでは作り出すことのできないような、文化的統一性が必要である」と明言する。そして、「新参者を受け入れて同じ生き方へと溶け込ませ、同じ市民であると認証する共通文化こそが本来の多文化主義である」と述べる。その上で、昨今の「寛容(inclusive)」な多文化主義と、それを理論的に支えるポリティカル・コレクトネスを強く批判する。
この教授の昨今の多文化主義に対する批判の目は、著名なアメリカのポストモダン・プラグマティズムの思想家であるリチャード・ローティに対して強く向けられる。俎上に載せるのはローティが主張する一人称複数(we)となる主体である。教授は、ローティが支持する「間国民的(trans-national)な理性概念を否定することのできる我々」というものが皆「フェミニスト、リベラル、ゲイライツ活動家」に過ぎず、さらに彼がそれ以外の人間に共通する客観的真理などは存在しないと考える以上、広範な社会的コンセンサスをこのローティの立場に基づいて構築することは全くもって不可能である、と主張する。
また教授の昨今の多文化主義に対する批判の目は、エドワード・サイードにも向けられる。教授はサイードの文化相対主義を批判し、彼が「非西欧的文化をそれぞれの物差しで測るべきであると主張する傍ら、西欧文化は客観的かつ批判的な物差しを持って評価するべきだと主張している」として、その矛盾を批判する。その上で、西欧文化をそれ自体において「レイシスト」であるとする立場に対して敢然と抵抗する文化保守主義者(cultural-conservative)で我々はなければならない、と主張する。
以上の教授の主張において興味深いのは、第2章に関する箇所で筆者が述べたように教授が重視している「一人称複数」を巡る昨今の左翼リベラリズムと教授の立場の相違だろう。そもそも前者のリベラリズムは、何らかの「我々」に回収されることを非常に嫌う立場であるが、にも拘わらずアカデミアや政界において素早く何らかの「我々」を形成するものである。
その点では、このリベラル左翼的な「我々」という主体は、極めて排他的な主体である。それは何も奇妙なことではない。というのも、そもそもこの主体は「マジョリティに対する抵抗」を前提として成立しているからであり、マジョリティを包摂した「我々」を形成することは元来眼中にないからである。その点では、この主体は「寛容」も「包摂」も、皮肉ながら全く意識していない。しかし、果たしてそのような状況下において「民主主義」はおろか、対話による妥協とコンセンサスの形成を目的とする「議会政治」すら成立しうるのか。これは重大な疑義であり、残念ながら筆者には極めて疑わしいように思われる。そして、この多文化主義の弊害のために民主的なコンセンサスが成立しないという状況は、我々が現在アメリカ合衆国において目撃しているものに他ならない。

 

第8章「環境保全主義の本質」において、教授はまず地球温暖化などといった人間の対応能力を超えた環境問題に対する対応を求める環境保全主義のあり方を批判し、その行き着く先は人々の主権の喪失と、EUのような信頼できない巨大な国際機関とその官僚組織への過度の権力の集中でしかない、と主張する。
同時に教授は環境保全が重要な問題であるとの認識を示し、保守主義的立場からの環境保全のアプローチが必要であると説く。教授の主張するこのアプローチとは、彼自身の言葉を用いて言えば「ローカルに感じ、ナショナルに考える」というものである。すなわち、教授は地域共同体に損害を与えるところにこそ環境問題の本質はあるのであるとし、その解決のために国際機関ではなく国民国家こそが主体となって改善に取り組まなければならない、と主張する。
この教授の考え方には、冒頭で述べたような教授の父の政治的立場が強く影響しているように思われる。重要なのはまず郷土愛であり、美しき郷土の環境を保護することこそが環境保全の最大の目的である、という立場である。これは左傾化する以前のドイツ緑の党のナショナリズム的環境保護主義とも異なる、元来左翼的な、反国民国家的であるがゆえに郷土主義的な立場から出発したイギリスの環境保護運動を保守的なものとして引き継ぐものである。このようなローカリズムを含んだ、教授の主張する環境保全の思想は、主にナショナルかインターナショナルかということで常に対立するドイツ由来の緑の政治の立場とは違うルーツと可能性を持つものとして、興味深く読むことができるだろう。